最新の研究から、外来の皆さまに役立つ知見を簡潔にご紹介します。
(新着論文)2023年の世界疾病負担と健康寿命の変遷
原題: Burden of 375 diseases and injuries, risk-attributable burden of 88 risk factors, and healthy life expectancy in 204 countries and territories, including 660 subnational locations, 1990-2023: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2023.
GBD 2023 Disease and Injury and Risk Factor Collaborators / Lancet/ 2025 / DOI / PubMed
抄訳:
本研究は、1990から2023年にかけての、204か国・地域・660サブナショナル、375の疾病・損傷、88の危険因子375の疾病と88のリスク要因による健康損失を分析し、世界の健康状態を評価しました。GBDは世界標準の「疾病負担」統計(DALY:障害調整生存年=早死による損失年YLL+障害による損失年YLD)を推計するプロジェクトで、各疾患の重みづけと国・地域・年齢別の影響を毎年更新しています。非感染性疾患(NCDs)の負担は増加し、2023年には18億DALYsに達しましたが、年齢標準化率は4.1%減少しました。一方、感染症、母性、栄養関連疾患(CMNN)の負担は、2010年から2023年にかけて25.8%減少しました。COVID-19パンデミック中に一時的に増加したものの、2023年にはパンデミック前の水準に戻りました。リスク要因としては、高血圧、粒子状物質汚染、高血糖、喫煙、低出生体重が主要な要因として挙げられます。これらの結果は、健康の不平等を減らし、持続可能な健康改善を達成するための政策の重要性を強調しています。
- うつ病・不安症・PTSD・双極性障害・統合失調症・摂食障害・強迫症など「精神障害」は、主に日常生活機能を下げる「YLD(障害)」の形で総負担(DALY)に寄与します。
- なかでも「うつ病」と「不安症」は各国・地域のYLD上位の常連で、長く続く倦怠・集中困難・過覚醒・回避などにより、学業・仕事・家事・育児へ大きな影響を与えます。
- GBD 2023では、感染症の死亡負担が長期的に減る一方、人口高齢化や慢性疾患(非感染性疾患:NCD)の比重が増しています。精神障害はこのNCDの中で存在感が大きく、国際的にも「見えにくいが重い負担」として再確認されました。
- 精神障害の多くは従来の身体リスク(高血圧・高血糖・喫煙等)と直接は結びつかないため、危険因子起因の割合は他疾患より小さく見えますが、実臨床では睡眠・運動・薬物使用・対人ストレスなどの改善が症状経過を左右します。
PECO:
- P(対象): 1990年から2023年の世界の人口
- E(暴露): 疾病とリスク要因による健康損失の分析
- C(比較): 過去の健康データ
- O(結果): 健康損失の変化と健康寿命の評価
精神科疾患別のポイント
うつ病(うつ病性障害)
うつ病は世界的にYLDの上位原因に位置づけられます。痛みや麻痺のように「目に見える」障害ではありませんが、仕事や学業・家事・人間関係に広く影響し、長期化しやすいのが特徴です。GBDの枠組みでは、うつ病の有病率・重症度(症状の重み)・機能障害の持続を統合して各国の負担を算出します。結果として、多くの地域で〈年齢調整した障害負担〉が大きく、メンタルヘルス対策の優先度が高い疾患と位置づけられます。
不安症(全般性不安症・社交不安症・パニック症など)
不安症もYLDの上位常連です。過剰な心配・緊張、動悸・息苦しさ・めまい、対人場面の回避などにより、学校や職場への出席・パフォーマンスが落ち、生活機能を長期にわたり損ねます。GBD 2023では、多くの地域で不安症の障害負担が目立っており、うつ病と並ぶ重要疾患に再確認されています。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
PTSDは、外傷的出来事をきっかけに侵入的記憶・悪夢・過覚醒・回避が続く状態です。死亡負担(YLL)は比較的少ない一方、睡眠障害や集中困難、警戒心の高まりなどが長く続くと、学業・仕事・育児・対人関係に累積的な影響が出ます。GBD 2023ではPTSDの国・地域差も明確で、災害・暴力・紛争の影響を受けやすい集団で負担が大きくなりやすいことが示唆されます。
双極性障害・統合失調症・摂食障害・強迫症など
双極性障害や統合失調症は若年で発症することが多く、症状の再燃・再発や機能低下の積み重ねがYLDに反映されます。摂食障害(神経性やせ症・過食症など)、強迫症、トゥレット症なども、死亡より障害(YLD)で負担を生みます。GBDはこれらの疾患についても年齢・性別・国地域ごとに推計しており、医療アクセスやスティグマ対策の重要性が浮き彫りです。
エビデンスレベル: 9/10
評価理由: 本研究は、30年以上にわたる大規模なデータセットを用いており、信頼性が高いです。多様なデータソースと確立されたモデリング手法を使用しているため、結果の精度が高いと考えられます。
臨床メモ(活用点・注意点・外的妥当性・日本の臨床との整合)
本研究は、日本の医療現場においても重要な示唆を与えるものです。本記事はGlobal Burden of Disease(GBD)2023の大規模解析(1990〜2023年、204か国・地域・660サブナショナル、375の疾病・損傷、88の危険因子)です。GBDは世界標準の疾病負担統計(DALY=障害調整生存年、YLL+YLD)を推計するプロジェクトです。ポイントとして、うつ病・不安症・PTSD・双極性障害・統合失調症・摂食障害・強迫症などの精神障害は、主に日常生活機能を下げるYLD(障害)のかたちで総負担に寄与します。うつ病と不安症は多くの国でYLD上位に位置し、長く続く気分の落ち込み、集中困難、過覚醒、回避などにより学業・仕事・家事・育児に広く影響します。GBD 2023では、感染症の死亡負担が長期的に減る一方、人口高齢化と非感染性疾患の比重が増加しています。精神障害はこのNCD群の中で「見えにくいが重い負担」として再確認され、政策面でもメンタルヘルスの優先度を高める必要が示唆されました。
うつ病については、目に見えにくい症状であっても生活機能の低下が長期に及びやすいことが強調されます。GBDの推計では有病率、重症度、機能障害の持続を統合して各国の負担を算出し、多くの地域で年齢調整YLDが大きいと評価されています。心療内科やメンタルクリニックで早期に相談し、心理療法や薬物療法、生活リズムの調整を組み合わせることが重要です。
GBDの結果を臨床でどう生かすかという観点では、第一に早期受診と継続支援の重要性があります。症状が2週間以上続く、あるいは日常生活に支障が出ている場合は、心療内科やメンタルクリニックで評価を受けましょう。第二に身体・生活リスクへの配慮です。喫煙、運動不足、高BMI、糖代謝異常、アルコール使用、慢性ストレス、睡眠不足は、うつ病や不安障害、PTSDの経過に影響しうるため、治療と並行して調整していくことが大切です。第三に併存症の視点です。適応障害、発達障害(ASD/ADHD)、強迫症、双極性障害、統合失調症、不眠症などを含めて総合的に見立て、個別化した計画を立てる必要があります。
受診の目安としては、つらさや不安、イライラが2週間以上続く、眠れないまたは悪夢が続く、集中できない、学校や仕事に行けない・遅刻欠勤が増える、つらい記憶がよみがえる、避けたいのに避けられない場所や話題がある、音や光に過敏になる、アルコールやタバコの使用が増える、体重や食事の変化が大きい、といったサインが挙げられます。該当する場合は早めの相談をお勧めします。
本研究(GBD 2023)の位置づけと限界
- 位置づけ:治療効果を直接比べる臨床試験ではなく、世界中の疫学データを統合し「どの疾患が、どの国・年齢で、どれだけ生活を損なっているか」を推計した監視データ(サーベイランス)です。
- 限界:推計モデル(データギャップの補完、相対リスクの外挿など)に依存し、国や時期で不確実性が残ります。臨床現場では、日本の保険診療・ガイドライン・地域資源を踏まえ、個別化して意思決定します。
よくある質問(FAQ)
Q. 非感染性疾患の増加はどのような影響を及ぼしますか?
A. 非感染性疾患の増加は、医療費の増加や労働力の減少を引き起こし、社会経済に大きな影響を与える可能性があります。予防策や早期治療が重要です。
Q. 感染症関連の健康損失が減少した理由は何ですか?
A. 感染症関連の健康損失が減少した主な理由は、予防接種の普及や公衆衛生対策の強化によるものです。これにより、感染症の発生率が低下しました。
Q. リスク要因の管理はどのように行うべきですか?
A. 高血圧や糖尿病などのリスク要因は、生活習慣の改善や定期的な健康診断を通じて管理することが重要です。また、政策的な支援も必要です。
本記事は一般情報であり、個別の診断・治療を置き換えるものではありません。
精神保健指定医 児玉啓輔(監修者プロフィール)
患者さんへのメッセージ
不安や悩みを抱えている方は開院後お気軽にご相談ください。当院スタッフが丁寧にサポートいたします。