私たちの心とからだは、呼吸や筋肉の緊張といった「からだの信号」によって、気づかないうちに大きな影響を受けています。リラクゼーションは、この信号を静かに整えることで、不安やストレス、気分の落ち込み、そして睡眠の乱れをやわらげる工夫の総称です。代表的な方法には、筋肉を順にゆるめる漸進的筋弛緩法、息をゆっくり吐くことを意識する呼吸法、静かに注意を向ける練習などがあります。薬に頼らないケアとして外来で取り入れやすく、うつ病や不安障害、不眠症・睡眠障害の治療を補助する選択肢になり得ます。
【呼吸法と漸進的筋弛緩法の方法】
以下は、自宅でも続けやすい実践手順です。道具は不要で、静かな場所と座れる椅子があれば始められます。体調が悪い日は無理をせず、めまい・息苦しさ・胸の痛みを感じたら中止してください。
【呼吸法の基本】
1)姿勢を整える:椅子に深く腰かけ、足裏を床に置きます。背すじを軽く伸ばし、肩の力を抜き、片手を下腹部に置きます。
2)準備の呼吸:鼻から静かに吸ってお腹がふくらむのを感じ、口から細く長く吐きます。これを3回行います。
3)基本のリズム:鼻から吸い、口から吐きます。吐く息は吸う息より長く、静かに行います。
4)時間:この呼吸を5分間続けます。慣れるまでは1分を3回に分けても構いません。
5)終わり方:最後に普通の呼吸に戻し、体の重さや温かさを数十秒感じて終えます。
【呼気を長くする方法(気分の高ぶりを落ち着かせたいとき)】
・鼻から短く吸い、もう一度そっと吸い足して胸を満たします。その後、口をすぼめて、ろうそくを消さない程度の弱い息でゆっくり長く吐きます。
・1分間で3〜5サイクルを目安に、合計3分程度実施します。
【就寝前の落ち着き呼吸(眠りに入りやすくする)】
・横になり、鼻から吸って、口から吐きます。あごや肩の力を抜き、吐くときに体が沈む感覚を味わいます。
・5分間を目安にします。途中で不安が強くなる人は、「吸って」「吐いて」と心の中で言葉を添えます。
【頻度と続け方】
・毎日1〜3回(朝1回、夕1回、寝る前1回)が目安です。忙しい日は「1分×3回」を一日のどこかで差し込みます。
・スマートフォンのアラームで時間を決め、終わったら気分や体の緊張を10点満点で記録すると継続しやすくなります。
【呼吸法の注意点】
・深く吸い過ぎると過換気になり、手足のしびれやめまいが出ることがあります。吐く息を長く、静かに行うことを優先してください。
・何秒などと記載されている方法も見かけますが、それにこだわると逆に苦しくなることがあり、逆効果になります。苦しくない程度で心地よさを感じながら実施するのがコツです。
【漸進的筋弛緩法の基本】
・目的:筋肉に短く力を入れてからゆっくり抜くことで、力みと脱力の差を体に覚えさせ、全身の緊張を下げます。
・姿勢:横になれる環境が最適ですが、背もたれのある椅子でもできます。眼を閉じても開けたままでも構いません。
【短縮版】
1)手と前腕:片方の手で軽く握りこぶしを作り、前腕まで3〜5秒力を入れ、10秒かけて力を抜きます。反対側も同様に行います。
2)肩と上腕:肩を耳に近づけるようにすくめ、3〜5秒力を入れ、10秒で脱力します。
3)顔:目を優しく閉じ、眉間にしわを寄せずにまぶたと頬に3秒だけ力を入れ、ゆっくり抜きます。その後、下あごを軽く下げ、噛みしめを解きます。
4)胸・背中・お腹:軽く胸を張るように3秒力を入れ、10秒で戻します。次に、お腹に力を入れて3秒、10秒で脱力します。背中は肩甲骨を寄せるように3秒、その後ゆっくり戻します。
5)脚と足:太ももに3〜5秒力を入れ、10秒抜きます。ふくらはぎはつま先を手前に引いて3秒、10秒で戻します。最後に足指を丸めて3秒、10秒で脱力します。
【標準版(約10〜15分)】
・手→前腕→上腕→肩→額→目の周り→口もととあご→首→胸→背中→お腹→お尻→太もも→ふくらはぎ→足指の順に、それぞれ「3〜5秒力を入れる→10秒かけて抜く」を1回ずつ行います。痛みが出るほど強く力を入れないことが大切です。
【漸進的筋弛緩法のコツ】
・力を入れるときは「痛くない範囲の7割程度」を目安にします。抜くときは、重力で体が沈む感覚を意識します。
・呼吸は止めず、力を入れるときに軽く吸い、抜くときに長く吐くと、よりゆるみやすくなります。
・時間がない日は、肩・あご・ふくらはぎの三か所だけでも構いません。会議前や就寝前の短い儀式として続けると習慣になります。
【よくあるつまずきと対処】
・数を数えると緊張が強まる:心の中で「ゆるむ」「ほどける」と言葉を添える方法に切り替えます。
・体の感覚が分かりにくい:動かす範囲を小さくし、力を入れる時間を短くします。可能なら指導者の音声ガイドを使います。
・途中で眠くなる:日中は回数を減らし、各部位の脱力後に軽く背筋を伸ばして切り替えます。就寝前であればそのまま眠って構いません。
【安全のポイントと相談の目安】
・めまい、胸の痛み、強い息苦しさ、手足の強いしびれが出た場合は中止してください。ぜんそくや慢性の肺の病気、重い心臓の病気、妊娠中の方は、無理な息止めや強いいきみを避け、主治医に相談してください。
・不安や落ち込み、睡眠の不調が2週間以上続く、仕事や家事・学業に支障がある、死にたい気持ちがある、過呼吸の発作が繰り返される場合は、医療機関への受診を検討してください。
【続けるための小さな工夫】
・一日の予定にあらかじめ入れる(起床後1分、夕食後1分、就寝前5分)。終わったらカレンダーに印をつけて可視化します。
・家族や同僚と一緒に取り組むと継続しやすくなります。職場では「会議前に1分だけ呼吸」の合図を決めるのも有効です。
以下の記事では、直近の高品質研究から「成人の外来で役立つ」ポイントに絞ってご紹介します。結論を先にお伝えすると、全般性不安障害では第一選択になり得るのは認知行動療法ですが、短期的にはリラクゼーションや呼吸法も有効です。とくに、毎日5分の実践でも一定の手応えが示されています。以下の4本の研究を順に解説します。
【研究1: 成人の全般性不安障害に対する心理療法のネットワークメタ解析】
原題: Psychotherapies for Generalized Anxiety Disorder in Adults: A Systematic Review and Network Meta-Analysis of Randomized Clinical Trials
著者/誌名/年:Papola D, ほか/JAMA Psychiatry/2024年
PMID:37851421 DOI:10.1001/jamapsychiatry.2023.3971 PubMed:PubMed
【ダイジェスト】成人の全般性不安障害を対象に、無作為化比較試験65件(5,048名)を統合。急性期では、第三世代の認知行動療法、認知行動療法、リラクゼーション療法が、治療通常より症状を有意に軽減しました(第三世代の認知行動療法:標準化平均差 −0.76、認知行動療法:−0.74、リラクゼーション療法:−0.59)。ただし、質の低い試験を除くとリラクゼーション療法の有意差は消失し、3〜12か月の追跡で有効性を保ったのは認知行動療法のみでした。
【抄録】目的:全般性不安障害は成人に多く、心理療法の第一選択を明確にする必要があります。このネットワークメタ解析により、成人の全般性不安障害に対する各心理療法の短期・長期の有効性と受容性を比較することが研究目的です。方法:複数のデータベースから無作為化比較試験を抽出し、国際基準に従って質を評価しました。主要転帰は症状の重症度の変化、受容性は何らかの理由による中止率で評価しました。結果:本研究には65試験5,048名が含まれ、急性期では第三世代の認知行動療法、認知行動療法、リラクゼーション療法が治療通常より有効でした。質の低い試験を除くとリラクゼーション療法の優位は見られず、3〜12か月後に有意差を維持したのは認知行動療法のみでした。本研究の結論としては急性期・長期の両面から、認知行動療法が第一選択となり得ますが、短期の選択肢としてリラクゼーション療法も検討の余地があります。
【PICO】
P(対象):成人の全般性不安障害
I(介入):認知行動療法、第三世代の認知行動療法、リラクゼーション療法など
C(比較):治療通常・待機・他の心理療法
O(アウトカム):症状重症度の変化、受容性(中止率)
【一言コメント】エビデンスレベル評価: 8/10。外来では認知行動療法を軸に、待機期間や認知行動療法へのアクセス制約がある場面でリラクゼーションを橋渡しとして用いるのが現実的です。不眠症・睡眠障害やうつ病などの併存をふまえ、家庭でも継続しやすい呼吸法を組み合わせると効果が安定しやすくなります。
【研究2: 漸進的筋弛緩法の成人における有効性の系統的レビュー】
原題: Efficacy of Progressive Muscle Relaxation in Adults for Stress, Anxiety, and Depression: A Systematic Review
著者/誌名/年:Muhammad Khir S, ほか/Psychology Research and Behavior Management/2024年
PMID:38322293 DOI:10.2147/PRBM.S437277 PubMed:PubMed
【ダイジェスト】46研究、16か国、3,402名超をレビュー。漸進的筋弛緩法は、ストレス・不安・抑うつの低減に一貫して有効でした。他の介入と併用した場合に効果が高まる傾向があり、外来導入もしやすい方法です。一方で、試験の質と方法にはばらつきがあり、確実性は限定されます。
【抄録】目的:成人のメンタルヘルス問題の増加に対し、アクセスしやすく効果のある介入が必要です。漸進的筋弛緩法は広く用いられてきましたが、エビデンスが分散しています。本レビューは成人におけるストレス、不安、抑うつに対する効果を体系的に整理しました。方法:主要データベースを国際基準に沿って検索・選別し、質を評価しました。結果:46件、3,402名超を含み、漸進的筋弛緩法は三つのアウトカムで一貫して改善を示しました。併用時に効果が増す傾向も示されました。漸進的筋弛緩法は有望で実施しやすい一方、研究の質と不均一性が結論の質を低下させています。
【PICO】
P(対象):成人一般(臨床・非臨床を含む)
I(介入):漸進的筋弛緩法(単独または他介入との併用)
C(比較):待機・治療通常・他の非薬物療法
O(アウトカム):ストレス、不安、抑うつの自己報告尺度。
【一言コメント】エビデンスレベル評価: 6/10。短時間の指導と音声ガイドで自宅練習しやすい方法です。認知行動療法や薬物療法の補助として、適応障害やうつ病の初期対応にも応用しやすい位置づけです。
【研究3: 呼吸法の効果に関する無作為化比較試験のメタ解析】
原題: Effect of breathwork on stress and mental health: A meta-analysis of randomised-controlled trials
著者/誌名/年:Fincham GW, ほか/Scientific Reports/2023年PMID:36624160 DOI:10.1038/s41598-022-27247-y PubMed:PubMed
【ダイジェスト】主観的ストレスを主要転帰とした12試験(785名)で、呼吸法は小〜中等度の改善を示しました。二次転帰の不安と抑うつでも有意な改善が認められました。異質性は中等で、過度な期待は避けつつ、短時間・低コストで取り入れやすい介入として臨床的価値があります。
【抄録】目的:呼吸の意図的な調整がストレス低減に有効かを検証する。方法:非呼吸法の対照群を持つ無作為化比較試験を抽出し、主要アウトカムを主観的ストレス、二次アウトカムを不安と抑うつとしました。結果:主観的ストレスでは小〜中等度の有意な改善が認められ、不安と抑うつでも有意な改善が示されました。異質性は中等で、一部の研究の質に課題が残りました。結論:呼吸法はストレスやメンタルヘルス改善に有望ですが、質の高い研究の蓄積が必要です。
【PICO】
P(対象):成人の臨床群と非臨床群
I(介入):さまざまな呼吸法(ゆっくりとした呼吸、呼気を長くする方法など)
C(比較):非呼吸法の対照(待機、教育、軽い運動、注意統制など)
O(アウトカム):主観的ストレス(主要)、不安・抑うつ(副次)。
【一言コメント】エビデンスレベル評価: 7/10。無作為化比較試験に限定した点でエビデンスは高めです。効果は小〜中等度であり、うつ病や不安障害、不眠症・睡眠障害の補助として検討可能です。
【研究4: 1日5分の呼吸法とマインドフルネスの遠隔無作為化比較試験】
原題: Brief structured respiration practices enhance mood and reduce physiological arousal
著者/誌名/年:Yilmaz Balban M, ほか/Cell Reports Medicine/2023年
PMID:36630953 DOI:10.1016/j.xcrm.2022.100895 PubMed:PubMed
【ダイジェスト】3種類の1日5分で1か月続けた呼吸法と、同じ時間のマインドフルネス瞑想を比較。呼気を長くする方法(サイクリック・サイイング)が、気分の改善と呼吸数の低下で最も良好でした。在宅で実施できる短時間の介入として実用性が示されました。
【抄録】目的:5分間の呼吸法3種(呼気を長くする方法、等間隔のボックス呼吸、過換気と保持を伴う方法)と、5分間のマインドフルネス瞑想を、1か月間、遠隔で比較する。方法:無作為化比較試験で、主要評価は気分・不安の変化と生理指標(呼吸数、心拍、心拍変動)でした。結果:呼吸法、とくに呼気を長くする方法は、マインドフルネス瞑想よりも気分改善と呼吸数低下が大きく、統計学的に有意でした。結論:5分間の呼吸法は、ストレス管理に有望です。
【PICO】
P(対象):成人一般(主に健康成人)
I(介入):呼気を長くする方法、等間隔のボックス呼吸、過換気と保持を伴う方法(各5分/日)
C(比較):5分間のマインドフルネス瞑想
O(アウトカム):日次の気分・不安、生理的覚醒(呼吸数など)。
【一言コメント】エビデンスレベル評価: 6/10。健常者中心・短期評価のため臨床診断群への一般化は限定的ですが、「まず5分」で始められるため価値があります。過換気を伴う手法は一部の方で不快を誘発し得るため、呼気を長くする方法や等間隔の呼吸から始めるのが無難です。
【総合考察】
全般性不安障害では認知行動療法が第一選択となり得ますが、待機期間や導入期にリラクゼーションを組み合わせる価値があります。漸進的筋弛緩法は短時間指導で自宅練習へ移行しやすく、呼気を長くする呼吸法は小〜中等度の効果が期待できます。外来では、日中は「1分×3回の呼気延長」、夜は「就寝前5分のゆっくり呼吸」、通院日は「診察前に漸進的筋弛緩法を1ラウンド」など、生活場面に合わせた使い分けが現実的です。強迫症、心的外傷後ストレス障害、発達障害、統合失調症、双極性障害では感受性に個人差があるため、自己流の過度な息止めや過換気は避け、体調に合わせて調整してください。症状改善が乏しい、生活機能の低下が強い、苦痛が強いといった場合は、主治医と相談し、治療計画全体(認知行動療法、薬物療法、生活指導)の見直しを行うのが安全です。
【FAQ】
Q: どのくらい続ければ効果が期待できますか?
A: 研究では、1日5分を1か月続けて、気分や呼吸数の改善が示されています。まずは2〜4週間、毎日同じ時間帯に続けるのがコツです。手応えが乏しければ、呼気を長めにする・漸進的筋弛緩法を組み合わせるなど方法を調整し、医療者に相談してください。
Q: 眠れないときに役立つ具体的なやり方はありますか?
A: 就寝前に「2-4秒ほど吸って、5-8秒かけて吐く」を5分ほど繰り返すと、からだの緊張がゆるみ、落ち着きやすくなります。横になったまま、足先から順に力を入れて抜く漸進的筋弛緩法を1ラウンド加えるのも有効です。中途覚醒が続く、日中の支障が強い場合は受診を検討してください。
Q: 医療機関に相談する目安は何ですか?
A: 不安や落ち込み、睡眠の不調が2週間以上続く、仕事や家事・学業に支障がある、死にたい気持ちがある、過呼吸の発作が反復する場合は、早めに受診してください。自己流で無理にやり過ぎず、主治医に合う方法や強度を確認しましょう。
監修 精神保健指定医 児玉啓輔 (監修者プロフィール)