PTSDの最近の研究ハイライト(2023–2025)
心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関する直近3年以内の臨床研究から、患者さん・ご家族に役立つ「事実ベース」の知識を4本厳選しました。これらはあくまで一般論での研究結果であり実際の診療については主治医とご相談ください。
1)成人PTSDに対する心理療法:単回外傷でも複数回外傷でも有効性は同程度(メタ解析)
著者・雑誌・出版日:Thole H. Hoppen, Richard Meiser-Stedman, Ahlke Kip, Marianne S. Birkeland, Nexhmedin Morina / The Lancet Psychiatry / 2024年2月(Epub 2024年1月11日)
PMID: 38219762 / DOI: 10.1016/S2215-0366(23)00373-5 / PubMed: リンク
一言要約:成人PTSDの無作為化試験を統合したメタ解析。心理療法は受動的対照より大きく有効で、単回外傷PTSD(Hedges g=1.04)と複数回外傷PTSD(g=1.13)で効果差は認められませんでした(p=0.48)。能動的対照との比較でも中等度の効果。質は中~高と評価され、臨床的誤解(複数外傷では効きにくい等)を和らげる結果です。
和文抄訳:
成人のPTSDに対する心理療法の有効性が、単回外傷と複数回外傷で異なるかを検証。161試験のうち137試験(10,684人)を定量解析。治療終了時、心理療法は受動的対照に比べ単回外傷でg=1.04、複数回外傷でg=1.13の大きな効果を示し、両カテゴリ間で差はなし(p=0.48)。能動的対照との比較では中等度効果。追跡解析や感度分析でも概ね頑健で、証拠の質は中~高。解釈:複数外傷歴でも心理療法は有効である。
フレーム:PICO
P(患者):成人PTSD(単回外傷または複数回外傷)
I(介入):心理療法(トラウマ焦点型CBT、EMDR等を含む)
C(比較):受動的・能動的対照
O(評価):PTSD症状(標準化平均差)、追跡時変化
コメント:エビデンスレベル評価: 8/10。複数の外傷体験があっても、心理療法(例:トラウマ焦点CBT、EMDR)は有効という大規模データです。外来のメンタルクリニック/心療内科で案内される専門的な心理療法が理にかなっていることを裏づけます。うつ病や不安障害、不眠症・睡眠障害など併存があっても治療選択肢は残りますが、個別の目標設定と無理のない通院計画が大切です。
2)外傷後2か月以内に行う「凝縮版・インターネット配信曝露療法(CIPE)」は症状を低下(RCT)
著者・雑誌・出版日:Maria Bragesjö, Filip K. Arnberg, Klara O. Lauri, Kristina Aspvall, Josefin Särnholm, Erik Andersson / Psychological Medicine / 2023年4月(PMCIDあり)
PMID: 37310324 / DOI: 10.1017/S0033291721003706 / PubMed/PMC: リンク
一言要約:外傷後2か月以内の成人102名を、3週間のセラピスト支援付きオンライン曝露療法と待機で無作為化比較。主要評価(3週)でd=0.70、副次(7週)でd=0.83と介入群が有意に良好。6か月追跡でも改善は概ね維持。重篤な有害事象は報告なし。早期フェーズのスケーラブルな支援として期待が持てます。
和文抄訳:
単施設RCT。自己申込の成人(N=102、直近2か月以内に外傷曝露)を3週間の「凝縮版インターネット配信曝露療法(CIPE)」と7週間待機に無作為化。主要アウトカムはPCL-5。意図した治療解析で、介入群は待機よりPTSD症状の低下が有意に大きく、群間効果量は3週でd=0.70、7週でd=0.83。介入群の改善は6か月追跡で維持。結論:CIPEは早期介入として有望で、次段階として能動的対照との比較・実地実装の検討が必要。
フレーム:PICO
P:外傷後2か月以内の成人
I:3週間のオンライン曝露療法(セラピスト支援付き)
C:待機リスト
O:PCL-5の変化(3週主要、7週・6か月副次)
コメント:エビデンスレベル評価: 7/10。短期・オンライン形式でも「トラウマに少しずつ向き合う」治療で症状が下がる可能性を示します。仕事や育児で通院が難しい方にも選択肢が広がります。強い希死念慮や重い合併症がある場合は、オンライン単独よりも医療機関での評価・対面治療を優先しましょう。
3)PTSDの睡眠障害に対する薬物療法:プラゾシンが最有力候補だが、全体エビデンスは限定的(ネットワーク・メタ解析)
著者・雑誌・出版日:Andreas S. Lappas, Eleni Glarou, Zoi A. Polyzopoulou, Grace Goss, Maximillian Huhn, Myrto T. Samara, Nikos G. Christodoulou / Sleep Medicine / 2024年7月
PMID: 38795401 / DOI: 10.1016/j.sleep.2024.05.032 / PubMed: リンク
一言要約:99件・10,481例のRCTを統合し、総睡眠時間・悪夢・睡眠の質などを薬物間で比較。プラゾシンは不眠(SMD −0.88)、悪夢(−0.44)、睡眠の質(−0.55)で最も有望。一方、SSRI・ミルタザピン・Z薬・ベンゾジアゼピンは有効性に乏しい所見。だが推定の確信度は“非常に低~中等度”で、一般化には慎重さが要ります。
和文抄訳(原文に忠実):
PTSDの睡眠障害に焦点を当て、薬物療法の効果をプラセボ/他剤と比較するRCTを体系的に収集。一次アウトカムは総睡眠時間・悪夢・睡眠の質。ペアワイズとネットワーク解析の結果、プラゾシンが不眠、悪夢、睡眠の質で最も効果的と推定。SSRI、ミルタザピン、Z薬、ベンゾジアゼピンには有効性の欠如が示唆され、リスペリドンやクエチアピンは傾眠のリスクが高い一方で明確な治療的利益は不明。結論:睡眠アウトカムの報告・規模不足により、全体の確信度は低~中等度で、追加RCTが必要。
フレーム:PECO
P:PTSDの成人
E:各種薬物(α1遮断薬〈プラゾシン〉、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬など)
C:プラセボまたは他剤
O:総睡眠時間、悪夢、睡眠の質、入眠潜時、中途覚醒など
コメント:エビデンスレベル評価: 7/10。悪夢・不眠など不眠症・睡眠障害への薬物候補としてプラゾシンが挙げられます。ただし全体の推定精度は十分でなく、持病や併用薬(例:うつ病・不安障害、双極性障害、適応障害、統合失調症、発達障害〈ASD/ADHD〉)に応じて個別判断が必要です。ベンゾジアゼピンは有効性が乏しくリスクもあるため、漫然使用は推奨されません。
4)プラゾシンは「悪夢・不眠」を改善、PTSD全体症状は一貫せず(メタ解析+メタ回帰)
著者・雑誌・出版日:Thaís Pereira Mendes, Brunno G. Pereira, Evandro S. F. Coutinho, Marina S. Melani, Thomas C. Neylan, William Berger / Progress in Neuro-Psychopharmacology & Biological Psychiatry / 2025年1月
PMID: 39828080 / DOI: 10.1016/j.pnpbp.2025.111253 / PubMed: リンク
一言要約:無作為化試験10件・648例を統合。プラゾシンは不眠(SMD −0.654)と悪夢(−0.641)を有意に改善した一方、PTSD総合症状の差は有意に至らず(SMD −0.428、p=0.077)。メタ回帰ではベンゾジアゼピン併用率が高い試験ほど改善が大きい関連が示され、今後の検証が求められます。
和文抄訳:
PTSD患者におけるプラゾシンの効果をプラセボと比較したRCTを対象に、メタ解析と新規メタ回帰を実施。対象は10試験648人。結果:不眠(SMD −0.654、p=0.043)と悪夢(−0.641、p=0.025)で有意改善。PTSD全体症状は有意差なし(−0.428、p=0.077)。年齢・性別・軍人/民間、用量、期間、ベースライン重症度、抗うつ薬・ベンゾジアゼピン併用などを検討し、ベンゾジアゼピン併用率が高いほど改善が大きい関連を示した。結論:睡眠関連症状には有効だが、全体症状には一貫しない。併用薬の影響は今後の臨床試験での検証が必要。
フレーム:PICO
P:成人PTSD
I:プラゾシン
C:プラセボ
O:不眠、悪夢、PTSD総合症状の変化(標準化平均差)
コメント:エビデンスレベル評価: 6/10。プラゾシンは「寝つきの悪さや悪夢」などの睡眠症状に役立つ可能性が示されます。一方、PTSDのコア症状全体を薬だけで大きく改善する根拠は安定していません。薬物はあくまで補助と考え、心理療法(CBT系、EMDRなど)と組み合わせて検討するのが現実的です。
総まとめ
・心理療法は単回外傷・複数回外傷の別なく有効で、外来の標準治療として推奨されます。迷ったらまず主治医に相談し、通いやすい形式(対面/オンライン)の選択を。
・外傷後早期(2か月以内)に実施する短期オンライン曝露療法(CIPE)は、待機より症状を下げる可能性が示されました。忙しい方にも選択肢が広がります。
・睡眠の悩み(不眠・悪夢)にはプラゾシンが有望ですが、全体症状を大きく変える薬は限られます。睡眠薬やベンゾジアゼピンは有効性が乏しい・副作用が問題になることがあり、漫然使用はおすすめできません。
・薬物治療は補助的な位置づけで、心理療法や生活調整(睡眠衛生、適度な運動)と併用することが現実的です。抑うつ(うつ病)や不安障害、双極性障害、発達障害(ASD/ADHD)、強迫症、統合失調症などの併存がある場合は、心療内科・メンタルクリニックで個別に相談しましょう。
受診の目安
・つらい記憶や悪夢が続く/些細な刺激で過覚醒になる/避けたくても避けきれない思い出がよくよみがえる/日常生活(仕事・学業・家事)が2週間以上つらい──こうした場合は早めの受診をお勧めします。死にたい気持ちがあるときは地域の精神科救急や行政相談窓口に相談してください。
精神保健指定医 児玉啓輔 (監修者プロフィール)