双極性障害

双極性障害(双極性障害I型・II型)は、躁状態または軽躁状態抑うつ状態が周期的に現れる気分障害です。躁状態では睡眠がほとんど不要にもかかわらずエネルギッシュになり、過度な自信や浪費、性的逸脱行動、無謀な投資など衝動的な行動が増えます。抑うつ期には意欲や興味が極端に低下し、無力感や希死念慮が現れます。これらの波は本人の生活機能や人間関係に大きな影響を与えるため、早期診断と長期的な治療が必要です。

統計と実態

世界では推定1/200人、約3,700万人が双極性障害とともに暮らしており、男女とも同程度の発症率が報告されています。発症の多くは10代後半から30代前半に見られますが、うつ病など他の気分障害と誤診されることも多く、治療が遅れる原因となっています。双極性障害を持つ人は心血管疾患など身体疾患の合併率が高く、平均寿命が一般人口より約13年短いと指摘されています。また、偏見や差別、医療アクセスの不足により、適切な治療を受けられる人は限られており、とりわけ低・中所得国では治療環境が整っていません。疾患に対する理解を深め、早めに専門医に相談することが社会復帰と生活の質の向上に不可欠です。

主な症状

躁状態と抑うつ状態では症状が大きく異なります。以下は代表的な特徴です。

  • 躁状態・軽躁状態:睡眠欲求の減少、過剰な自尊心や誇大な考え、アイデアが次々と浮かび話し続ける、多弁で気分が爽快または怒りっぽくなる、注意散漫、危険な快楽追求(浪費、無謀な運転、性的逸脱)など。
  • 抑うつ状態:抑うつ気分や興味の喪失、疲労感、食欲や体重の変化、眠れないまたは寝すぎる、自己評価の低下、集中力の低下、希死念慮など。
  • その他の症状:躁状態では現実とかけ離れた誇大妄想や被害妄想、過度なイライラがみられることがあり、抑うつ期には過剰な罪悪感や未来への絶望感、自殺念慮が出現することもあります。

同じ双極性障害でも、I型は明確な躁状態と抑うつ状態を経験するのに対し、II型では軽躁状態と抑うつ状態が反復し、完全な躁状態は認めません。軽躁状態では症状が比較的軽く、一見調子が良く見えるため見過ごされやすい点に注意が必要です。

原因・リスク要因

正確な原因は不明ですが、双極性障害は遺伝的要因や脳内神経伝達物質のバランス異常に加え、心理社会的ストレス環境要因など複数の要素が関与して発症すると考えられています。近親者に同じ疾患を持つ人がいる場合はリスクが高く、発症年齢は10代後半から30代前半に多いと言われます。暴力や虐待、親しい人の死別や離婚などの重大なライフイベント、アルコールや薬物の乱用がきっかけで症状が誘発・悪化することがあります。一方で、仕事や学業など日常生活の活動はストレス源となり得る一方で、適切な支援がある場合は自尊心や生活リズムを保つための保護因子になると報告されています。

治療法

治療の目的は、躁とうつのエピソードの頻度と重症度を減らし、日常生活の機能を維持することです。双極性障害は再発しやすい病気のため、長期的に医師との連携を続けながら、症状の変化に応じて治療内容を調整していきます。薬物療法と精神療法を組み合わせ、本人や家族が治療決定に主体的に関わることが効果的とされています。国際的なガイドラインでは、急性期治療と維持療法の両方においてエビデンスに基づく薬物治療と心理社会的治療を組み合わせることが推奨されています。

薬物療法

第一選択は気分安定薬です。代表的なリチウム製剤は躁・抑うつエピソードの両方を抑え、再発を予防しますが、治療域と中毒域が近いため定期的な血中濃度測定が必須です。世界的に用いられるCANMAT/ISBDガイドラインでは、急性躁状態の第一選択としてリチウム、バルプロ酸、クエチアピン、アリピプラゾールなどを挙げ、必要に応じてこれらを組み合わせることが推奨されています。リチウムは特に再発予防効果が高く、自殺予防効果も報告されていますが、手の震えや甲状腺機能低下、腎機能障害などの副作用に注意し、妊娠中や授乳期には他剤への切り替えを検討します。バルプロ酸やカルバマゼピンなどの抗てんかん薬は急性躁状態や混合状態で有効ですが、バルプロ酸は妊娠中および妊娠可能な女性では使用すべきでないとされています。

双極性うつ病では、ガイドラインはクエチアピン、リチウム、ラモトリギン、およびルラシドンを単剤または気分安定薬との併用で使用することを第一選択としています。クエチアピンは用量300 mg/日を目安に、ラモトリギンは皮疹のリスクを減らすためにゆっくり増量し200 mg/日以上とする必要があります。日本の専門家によるコンセンサスでは、リチウム単剤が躁・うつ・維持のいずれの段階でも第一選択とされ、リチウムと非定型抗精神病薬の併用が急性躁状態や重度抑うつ期で推奨されています。抗うつ薬は単独では躁転を誘発する恐れがあるため必ず気分安定薬または抗精神病薬と併用し、使用期間を短くすることが推奨されています。

維持療法では、急性期に有効だった薬を継続することが基本で、リチウム、クエチアピン、バルプロ酸、ラモトリギン、アセナピン、アリピプラゾールなどが第一選択薬とされています。寛解後も最低6か月から1年以上は治療を続け、複数回のエピソードを経験した場合は長期維持療法が必要です。副作用には眠気や筋肉のこわばり、体重増加、代謝異常などがあり、定期的な血液検査や身体検査を受けながら用量を調整することが重要です。血中リチウム濃度は一般に0.6〜0.8 mmol/L程度を目標とし、高齢者や腎機能が低下している患者ではより低い目標が用いられます。

精神療法・生活リズム療法

薬物療法に加えて心理教育認知行動療法(CBT)対人関係および社会リズム療法(IPSRT)家族教育・支援などの精神療法が効果的です。心理教育では、双極性障害の症状や薬の役割、早期警戒サインを学ぶことで、患者と家族が再発を早く察知し主体的に対処できるようになります。CBTでは抑うつや過度な楽観的思考に関わる認知のゆがみを認識し現実的な思考へ修正する練習を行います。IPSRTは社会的リズムと睡眠覚醒パターンの安定を重視し、決まった起床・就寝・食事時刻や活動スケジュールを守ることで気分の変動を抑えます。

家族療法やファミリー・フォーカスト・セラピーでは家族全員が疾患への理解を深め、コミュニケーションや問題解決スキルを学びます。これにより、患者が支援的な環境の中で薬物療法を続けやすくなり、ストレスフルな対人関係が原因で再発するリスクが減ります。精神療法は複数回のセッションを通じて行われ、再発防止計画の作成や生活リズムの維持、ストレスの管理、薬物療法のアドヒアランス向上など多角的な介入が必要です。特に規則正しい睡眠・食事・運動など生活リズムを安定させることは再発予防の鍵であり、心理社会的サポートが雇用や社会参加の維持にも役立ちます。

セルフケア・サポート

家族や友人による支えは治療継続や社会参加を促進し、孤立を防ぎます。服薬を自己判断で中断すると症状が悪化しやすいので、医師の指示に従って継続することが重要です。飲酒や喫煙、薬物の乱用は気分の波を悪化させ、身体疾患のリスクも高めるため控えましょう。日々のセルフケアとしては、規則正しい睡眠と食事、適度な運動を習慣化し、ストレス管理のためのリラクゼーション法や対人関係の調整を行います。再燃兆候(寝なくても平気、買い物やSNS利用が増える、気分の落ち込みなど)に早めに気付くために、家族とともにチェックリストを作成すると効果的です。双極性障害のある人は心血管や呼吸器疾患など身体疾患の合併が多く、平均寿命が一般の人より13年短いと報告されています。健康診断や運動習慣を欠かさず、長期的な健康管理にも目を向けましょう。

国際的なガイドラインと治療のポイント

双極性障害の国際的ガイドラインは、急性期と維持期を区別し、エピソードの性質に応じて治療を選択することを強調しています。2018年のカナダ・国際双極性学会(CANMAT/ISBD)ガイドラインでは、急性躁状態に対してはリチウムやバルプロ酸、クエチアピン、アリピプラゾール、アセナピンといった薬剤を単剤または併用で用いることを推奨し、効果が不十分な場合は他の抗精神病薬を追加するよう示しています。急性うつ状態ではクエチアピン、リチウム、ラモトリギン、ルラシドンが第一選択とされ、必要に応じて併用療法を検討します。

維持療法についても同ガイドラインは、急性期に有効だった薬剤を継続することを基本とし、リチウム、クエチアピン、バルプロ酸、ラモトリギン、アセナピン、アリピプラゾールなどを第一選択に挙げています。これらの治療は、再発の頻度や重症度、過去の治療歴、副作用への反応、患者の希望などを総合的に評価しながら選択します。治療の途中で抑うつ症状が強い場合でも、抗うつ薬を単独で追加することは推奨されず、必ず気分安定薬や抗精神病薬との併用で慎重に行います。

日本のエキスパートコンセンサスでは、リチウム単剤を躁・うつ・維持のすべての局面で第一選択とし、抗精神病薬との併用を急性躁状態や重症例に用いるとしています。日本の専門家は抗精神病薬単剤の使用に慎重で、副作用を考慮して他国より低めの血中濃度維持を勧める傾向があります。また、抗うつ薬の使用に関しても国際ガイドライン同様に消極的で、転躁リスクを下げるために治療期間を限定し、併用薬を必須としています。

国際的なガイドラインはいずれも、薬物治療とともに心理教育、認知行動療法、IPSRT、家族療法などの精神療法を並行して行うことを重視しています。患者本人が症状の再燃兆候を把握し、家族や医療者と協力して早期介入することが再発予防に不可欠です。妊娠や授乳期には薬物選択が制限されるため、専門医と綿密に相談しながら治療計画を立てる必要があります。薬物治療の効果と副作用は個人差が大きいため、定期的な血液検査や評価を行い、生活リズムを整える生活療法と併せて長期的に治療を続けましょう。

参考文献

  • World Health Organization. Bipolar disorder. 2023.
  • Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT) & International Society for Bipolar Disorders (ISBD). Guidelines for the management of bipolar disorder. 2018.
  • National Institute for Health and Care Excellence (NICE). Bipolar disorder: assessment and management (CG185). 2014 (改訂2020年).
  • Japanese Society of Mood Disorders. Pharmacological management of bipolar disorder: expert consensus. 2020.
  • American Psychiatric Association. Practice guideline for the treatment of patients with bipolar disorder. 2010.
バランスと安定を象徴する自然の風景