うつ病
うつ病(大うつ病性障害)は、長期間にわたって抑うつ気分や興味・喜びの喪失が続き、日常生活に支障をきたす状態を指します。DSM‑5‑TRでは、これらの症状が少なくとも2週間以上続き、食欲や体重の変化、睡眠障害、疲労感、自己評価の低下、集中困難、希死念慮などの症状が伴う場合に診断されます。適応障害は、仕事や人間関係などの環境ストレスに対する反応として一時的に抑うつや不安が強まる状態で、原因となる出来事が明確であることが特徴です。どちらも怠けや気持ちの問題ではなく、誰でもかかりうる病気です。
統計と実態
世界保健機関(WHO)によると、うつ病は世界で最も一般的な精神疾患の一つで、世界全体で約3億3,200万人が罹患し、成人の約5.7%(男性4.6%・女性6.9%)が経験するとされています(WHO、2025年)。特に女性は男性より1.5倍程度多く発症しやすいとされ、妊娠中や出産直後の女性の10%超がうつ状態を経験すると報告されています。2021年には世界で推計72万7,000人が自殺で亡くなっており、うつ病はその背景となる重要な要因の一つです。うつ病は一度きりのエピソードで終わることもあれば、再発を繰り返すこともあり、双極性障害の抑うつ期として現れる場合もあります。ストレスフルな出来事、慢性疾患、遺伝的素因、孤独や貧困などが発症を後押しする一方、規則正しい生活や社会的つながり、早期の相談が発症リスクを軽減すると考えられています。
主な症状
代表的な症状には次のようなものがあります(複数当てはまる場合に診断されます)。
- 一日中続く抑うつ気分、悲しみや空虚感
- 以前楽しんでいた活動への興味や喜びの喪失
- 体重や食欲の増減
- 不眠や過眠などの睡眠障害
- 疲労感や倦怠感、エネルギーの低下
- 自分には価値がない、強い罪悪感などの思考
- 考えがまとまらない、集中力や決断力の低下
- 死や自殺について繰り返し考える
原因・リスク要因
うつ病の原因は一つではなく、遺伝的素因、脳内神経伝達物質のバランス変化、ホルモンの変動、過労や人間関係などの慢性的ストレス、幼少期の虐待やトラウマなど複数の要因が関係します。ストレスに対する脆弱性は個人差が大きく、親族にうつ病を抱える人がいる場合や性格的に責任感が強く完璧主義傾向がある人では発症リスクが高いとされています。女性では妊娠・出産や閉経などホルモンの急激な変動期にうつ病が生じやすく、産後うつや月経前不快気分障害として現れることがあります。冬季に発症する季節性情動障害や高齢者に多い身体疾患に伴ううつ状態など、特定の状況に関連して発症するうつ病もあります。適応障害は明確なストレス要因(仕事の異動、職場の人間関係、家庭の問題など)がきっかけとなり、環境の調整や時間の経過とともに軽快しやすいのが特徴です。
治療法
治療は薬物療法と精神療法の組み合わせが基本であり、重症度や個々の希望に合わせて選択します。国際的なガイドラインでは、軽度から中等度のうつ病ではまず心理療法や生活改善を行い、それでも改善しない場合や症状が重い場合に薬物療法を追加するステップケアが推奨されています。適切な治療を受けることで多くの人は回復しますが、治療法の選択は年齢や妊娠、身体疾患の有無、過去の治療歴などを考慮しながら行うことが重要です。
精神療法
認知行動療法(CBT)や行動活性化療法、対人関係療法、問題解決療法、マインドフルネス認知療法などの心理療法は、うつ症状の軽減に有効です。CBTではマイナス思考や誤った信念を現実的な考え方に修正し、行動活性化療法では楽しみや達成感を得られる活動に少しずつ取り組みます。対人関係療法は役割の変化や悲哀作業など人間関係のストレスに焦点を当て、問題解決療法では具体的な問題を小さく分けて対処法を見つけます。英国のNICEガイドラインでは、ガイド付き自己学習プログラム、集団認知行動療法、個別CBT、対人関係療法、カウンセリングなどを軽症〜中等症の第一選択とし、これらを8〜12セッション実施することが推奨されています。適応障害では、ストレス源の調整や休職、環境改善と併せて心理療法を行い、対処スキルを高めることで症状を軽快させます。
薬物療法
抗うつ薬には複数の種類があります。近年よく用いられるのは選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)で、セロトニンの再取り込みを抑えて脳内のセロトニン濃度を高めることで気分を安定させます。日本国内で承認・使用されている主なSSRIには、エスシタロプラム(レクサプロ)、セルトラリン(ジェイゾロフト)、パロキセチン(パキシル)、フルボキサミン(デプロメール/ルボックス)があります。なお、シタロプラム(海外商品名セレクサ)やフルオキセチン(同プロザック)は海外で広く使われていますが、現在日本では発売されておらず、当院でも使用していません。国際的なガイドラインでは、SSRIは比較的副作用が少なく安全性が高いことから、薬物療法を行う場合に最初に検討される選択肢のひとつとされています。どのお薬が合うかは、症状や体質、これまでの治療経過などをふまえ、主治医と相談しながら決めていきます。
SSRIで効果が不十分な場合や副作用が問題となる場合には、ほかの作用の抗うつ薬に変更したり、組み合わせたりすることがあります。日本国内で使用できる主な選択肢として、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)のデュロキセチン(サインバルタ)、ベンラファキシン(イフェクサー)、ミルナシプラン(トレドミン)、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)のミルタザピン(リフレックス/レメロン)などがあります。また、セロトニンの再取り込みを抑える働きとセロトニン受容体への働きを併せもつS-RIMのボルチオキセチン(トリンテリックス)も選択肢のひとつです。また、2025年には、従来の抗うつ薬とは異なる新しい作用機序をもつ神経活性ステロイドのズラノロン(ザズベイ)が、うつ病・うつ状態を対象に国内で承認されました。1日1回・2週間の服用を1コースとする飲み方で、比較的早い時期から効果がみられたと報告されています。新しいお薬のため、お使いになるかどうかは症状や状況に応じて主治医とご相談ください。海外では、これらに加えてNDRI(ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬)のブプロピオン(海外商品名ウェルブトリン)が米国などのガイドラインで有効性が示され広く使われていますが、ブプロピオンは現在日本では発売されておらず、国内ではうつ病に対する承認(適応)がないため、当院では使用していません。三環系抗うつ薬は古くからある有効なお薬ですが、副作用や過量服用時の危険性から、近年は最初の選択肢として日常的に用いることは少なくなっています。ただし、過去に三環系でよく効いた場合や一部のタイプのうつ病では選択肢になることもあり、これまでの治療経過や併存する病気をふまえて、主治医と相談しながら選んでいきます。
どの抗うつ薬を選ぶかは、つらい症状の中心が何かによっても変わります。日本の専門家による意見の集約(日本臨床神経精神薬理学会のエキスパートコンセンサス、2020年)では、不安が強い場合にはエスシタロプラム(レクサプロ)やセルトラリン(ジェイゾロフト)、意欲や興味の低下が目立つ場合にはデュロキセチン(サインバルタ)やベンラファキシン(イフェクサー)、不眠や食欲の低下・強い焦り・つらい考えが続く場合にはミルタザピン(リフレックス/レメロン)が選ばれやすい、とされています。最初の薬で効果が不十分なときは、作用の異なる薬(SSRIからSNRIやミルタザピンなど)への変更や、効果が一部みられる場合にはアリピプラゾール(エビリファイ)を追加する増強療法が選択肢になります。また、不安や不眠に対するベンゾジアゼピン系のお薬は、使う場合も必要なときだけ・できるだけ短い期間にとどめることが勧められています。当院では、こうした選択肢の利点と注意点をご説明し、ご希望や生活の状況をふまえて一緒に決めていく予定です。
薬物療法を始める際には、効果が出るまでに2〜4週間かかること、初めのうちは不安や睡眠の問題が一時的に強まる場合があること、改善した後も再発を防ぐために6か月から1年以上にわたって服薬を続ける必要があることを、あらかじめご説明します。副作用には吐き気、下痢、口渇、頭痛、性機能障害、眠気や不眠などがありますが、多くは数週間で軽減します。薬を突然中断すると離脱症状や再発の危険があるため、医師の指示に従って徐々に減量します。ベンゾジアゼピン系薬は不眠や焦燥が強い場合に短期間併用されることがありますが、依存や記憶障害のリスクが高いことから長期使用は避けるべきとされています。
重症または治療抵抗性のうつ病では、複数の抗うつ薬を併用したり、抗うつ薬と気分安定薬や抗精神病薬を併用する治療、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)や電気けいれん療法(ECT)などの生物学的治療を検討します。妊娠や授乳期には胎児や乳児への影響を考え、薬物療法の選択や継続を慎重に検討し、心理療法や社会的支援を優先することもあります。
セルフケア・生活改善
規則正しい生活リズム、十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動、信頼できる家族や友人との交流は回復を助けます。アルコールや薬物に頼らず、気持ちをノートに書き出したり、リラクゼーション法を実践すると症状の軽減に役立つことがあります。症状が長引く場合は早めに専門医へ相談してください。
日光を浴びる機会を増やすことや、散歩や軽いジョギングなどの有酸素運動を週に数回取り入れることは、気分の改善に役立つと報告されています。英国のNICEガイドライン(2022年)では、軽症のうつ病に対して、ガイド付きセルフヘルプや認知行動療法などとならんで、グループでの運動プログラムが最初に検討してよい選択肢のひとつとして挙げられています。運動の効果には個人差があり、症状が重い場合には運動だけで十分とは限らないため、治療の補助的な取り組みとして、主治医やカウンセラーと相談しながら無理のない範囲で続けてみましょう。また、他者とのつながりを保つことは孤立感を和らげ、感情を共有することで自己否定感の軽減につながります。趣味や創作活動、ボランティア活動を通じて達成感や喜びを得ることも大切です。セルフケアは治療を補完するものであり、病状が重い場合は医師やカウンセラーに相談しながら取り組んでください。
国際的なガイドラインと治療のポイント
うつ病の治療方針は、国内外の診療ガイドラインを参考にしながら立てていきます。日本では、日本うつ病学会の「うつ病診療ガイドライン2025」が標準的な指針とされています。海外でも、英国のNICEガイドライン(NG222・2022年)、カナダのCANMAT(2023年改訂版)、米国心理学会(American Psychological Association)のうつ病治療ガイドライン(2019年・2025年6月更新)などが知られています。当院では、こうした国内・海外双方のエビデンスを踏まえ、お一人おひとりに合った治療をご提案する予定です。これらのガイドラインに共通しているのは、症状の重さやご本人の希望に合わせて段階的に治療を進める「ステップケア」という考え方です。
軽症から中等症のうつ病では、まず心理療法や生活面の調整から始めることが多く、NICEガイドラインでは、ガイド付き自己学習、集団または個別の認知行動療法(CBT)、行動活性化療法、対人関係療法、カウンセリング、運動プログラムなどが選択肢として推奨されています。これらで十分に改善しない場合や、症状が重い場合に薬物療法を検討します。薬物療法を行う際は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が第一選択とされることが多く、効果と副作用のバランス、過量服用時の安全性、過去の治療歴などを考慮して薬を選びます。当院では、こうした根拠を一緒に確認しながら、ご納得いただいたうえで治療を進めることを大切にしています。
SSRIで効果が不十分なときは、SNRI(デュロキセチン、ベンラファキシンなど)やNaSSA(ミルタザピン)といった、作用の異なる薬への変更や追加が選択肢になります。海外のガイドラインでは、これらに加えてNDRI(ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬)であるブプロピオンも第一選択薬の一つとして挙げられていますが、ブプロピオンは日本国内では承認・発売されておらず、当院でも処方できません。このように、海外で標準的とされる薬の中には日本で使えないものもあるため、当院では国内で承認されている薬の範囲で治療をご提案する予定です。なお、三環系抗うつ薬やMAO阻害薬といった古いタイプの薬は、副作用や飲み合わせの問題から日常的な使用は勧められないとされていますが、過去によく効いた経験がある場合などには選択肢となることもあります。
治療を始める際には、抗うつ薬は効果が現れるまでに2〜4週間ほどかかること、飲み始めに不安や眠りにくさが一時的に強まる場合があること、改善した後も再発を防ぐためにしばらく服薬を続けることが大切であることを、あらかじめご説明します。とくに若い方では、薬を始めた後に気分の落ち込みや自殺に関する考えが一時的に強まる可能性が指摘されており、ご家族や医療者が注意深く見守り、必要に応じて速やかに治療方針を見直します。妊娠中・産後のうつ病については、母子保健サービスとも連携しながら、心理面・生活面での支えや薬物療法を慎重に検討します。季節性のうつ(季節性情動障害)では光療法などが選択肢となることもあります。症状が重い場合や十分に改善しない場合(治療抵抗性)には、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)や電気けいれん療法(ECT)といった治療を、専門医のもとで利点とリスクをご説明したうえで検討します。
うつ病は再発しやすい病気のため、症状が軽くなった後も、数か月から1年以上にわたって治療を続け、定期的に経過を確認することが推奨されています。当院では、こうした国内外のガイドラインを参考にしつつ、ご本人の生活環境やお気持ちを大切にしながら、焦らずじっくりと回復を目指す治療をご一緒に考えていく予定です。
よくある質問
仕事を続けながら治療できますか?
症状の程度によりますが、お仕事を続けながら通院・治療を行っていただくことも可能です。一方で、心身の負担が大きいときには、一定期間お休みをとった方が回復が早まることもあります。回復のしかたには個人差がありますが、当院では、お一人おひとりの状態やご希望をうかがいながら、働き方の調整や休養が必要かどうかを一緒に相談していきます。
薬はいつまで飲み続ける必要がありますか?
うつ病は再発しやすい病気のため、症状が落ち着いた後も、再発を防ぐ目的で数か月から1年以上にわたって服薬を続けることが一般的なガイドラインで勧められています。良くなったと感じても自己判断で急にやめると、不調がぶり返したり離脱症状が出たりすることがあります。減らす時期や進め方は、回復の様子をみながら主治医とご相談のうえで決めていきましょう。
薬を飲むことに抵抗があります。必ず薬を使わないといけませんか?
必ずしも薬から始めるわけではありません。ガイドラインでは、症状が軽いうちは心理療法や生活面の調整を中心に考えることがあり、症状の程度によってはお薬を組み合わせる方が回復に役立つ場合もあります。どの治療が合うかには個人差があり、診断や治療方針は医師がお一人おひとりの状態に応じて判断します。当院では、それぞれの選択肢の利点と注意点をご説明したうえで、症状の程度やご希望に応じて治療法を一緒に選んでいきます。ご納得いただいてから一緒に方針を決めていきますので、お薬への不安があれば、遠慮なくお伝えください。
家族としてどう接すればよいですか?
ご本人を励ましたり原因を問いただしたりするよりも、つらさをそのまま受けとめ、十分に休める環境を整えることが支えになります。回復には時間がかかることが多いため、焦らずに見守る姿勢が大切です。ご家族だけで抱え込まず、対応に迷うときには診察の場でご相談いただけます。
参考文献
- World Health Organization. Depressive disorder (depression), Fact sheet. 2025.
- National Institute for Health and Care Excellence (NICE). Depression in adults: treatment and management (NG222). 2022.
- Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments (CANMAT). 2023 Update on Clinical Guidelines for the Management of Major Depressive Disorder in Adults. 2023.
- American Psychological Association. Clinical Practice Guideline for the Treatment of Depression Across Three Age Cohorts. 2019 (updated June 2025).
- Korean Clinical Research Center for Depression. Evidence‑based clinical practice guideline for depressive disorder. 2021.
- 日本うつ病学会. うつ病診療ガイドライン2025. 2025.
- Sakurai H, et al. Pharmacological management of depression: Japanese expert consensus. J Affect Disord. 2020;266:626-632.
本ページの医療情報は、当院院長(日本専門医機構認定 精神科専門医・精神保健指定医)の監修のもと作成しています。記載は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断・治療はお一人おひとりの状態に応じて医師が判断します。